波>『おちょやん』第83話 - 2021.03.31 Wed
防空壕で出逢った漫才師@花車当郎(塚地武雅)は
花菱アチャコがモデルなのだとか。
アチャコというと―
『アドルフに告ぐ』(手塚治虫)で
「ヒットヒットひっと殺し」というギャグ(『早慶戦』)が
ラジオから流れて来るシーンがあったことと
↑『わろてんか』も思い出すけど(笑)
『東京五人男』(斎藤寅次郎)で
『黄金狂時代』(チャップリン)を思わせるシーンを演じていたことと
『お父さんはお人好し』等のNHKラジオドラマで
浪花千栄子さんとのコンビが大人気だったこと
…くらいしか知らないけど
『おちょやん』としては、つまり
これが彼と千代との出逢いだった!
っちゅーことですね。
…ひじゅにですが何か?
「また使うねさかい」by熊田
↑劇場は閉鎖になったけれど
必ず再開してみせるという決意が滲み出ているね、熊田さん。
福助が出征し
“岡安”が60年の歴史を終え
“えびす座”“鶴亀座”と大劇場は相次いで閉鎖され
空襲で防空壕に逃げ込むシーンも入り
フラグ通り百久利さんも出征
最後は家庭劇解散宣言…
戦争により全てが失われて行く。
庶民の生活が壊されて行く。
福助壮行会が最後の贅沢だったのね。
物質的にも心の面でも。
波に押し流される…という意味で
大震災も連想するし
コロナ渦にある現在とも重なる部分が多い。
歴史として見ると、時代の波って急激な印象だけど
その時に生きていた庶民達にとっては
日常に少しずつ忍び込んできて
訳も分からないまま、気付いたら流れに巻き込まれていた…
という感覚だったのかも?
今の私達が、逆らうこともできず先行きも分からず…
な状態にあるのと同じで。
“岡安”の最後は、千代も含め、お茶子達への挨拶で締められた。
一人一人の性格や特徴を把握していて、その長所を褒めるシズさん。
シズさんの人となりや、お茶子達との絆が伺える。
こういう厳しいけれども人情のある職場で働けたら素敵だろうな…
現代でもそうした場所は皆無ではないのだろうけど
ひじゅには不幸にも出逢えなかった。
こうしたものさえも急速に失われて行ったのだろう。
かめさんは残るらしいので、ちょっとホッとする。
『あさが来た』では、かめさんの中の人が演じる女中が
使えていた女将さんが亡くなり故郷に帰って行った。
今回は残れて良かったね、かめさん。
鶴亀家庭劇は小さな芝居小屋を転々としながら頑張っている。
「狭いわ、床抜けるわで…」
「年中、腹ペコやっちゅうのに」
「公演であちこち行かされるし、夜は空襲で何遍も起こされるし、もうしんどい」
台詞で様子は語られるけど、できれば映像で観たかったな。
まあ諸事情で仕方ないのかもしれないけど。
「空襲がなんぼのもんじゃ」
強がっていた千之助さんが、空襲警報に一番ビビッていたのが今日のギャグ?
「わしが笑い死にさしたるわい」
この千之助さんの宣言は、千之助さん自身のいない所で
千代&花車当郎さんによって実現される。
まあ、ちょびっとツッコミ(というよりイチャモン?)を入れるとさ
赤ちゃんが泣き出したところは
視聴者もどうしよう…と動揺するところ…のはずなんだけど>理想論?
それを引き起こす恐怖感ちゅーか緊張感ちゅーか
本当に切羽詰まった状況だという雰囲気がイマイチ出ていなかったなあ。
それに、2人の即興漫才は険悪な雰囲気は収めることに成功したけど
掛け合いの言葉と皆の笑い声は煩くなかったのか?
…という疑問も>野暮?
それとね
こういう時に咄嗟に乗れる千代のアドリブ力…
状況を即時に見極める洞察力や判断力や
笑いに昇華できるトーク力や演技力や
何より頭の回転の速さ…
その片鱗はちょこっとは描かれて来たけれど
あくまでも、ちょこっとの範囲だったので
もっと積み重ねてきていれば最強だったのになあ…と
ちょこっと残念。
百久利さん出征はフラグの回収。
分かり切ったことではあったけど、やはり悲しい。
千之助さんが顔も見ず、片手で追い払う様な仕草をしたところは
涙涙の見送りよりも万感迫っていたな。
何か、見せ場のほとんどを千之助さんがさらってきた様な記憶…
「家庭劇は…解散する」
宣言する一平。
熊田さんに呼び出されたのは、この話だったのだろう。
つまり、上からの命令。
多分、誰よりも逆らうのは千代なのだろう。
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

小説版

アドルフに告ぐ

花菱アチャコ

花菱アチャコがモデルなのだとか。
アチャコというと―
『アドルフに告ぐ』(手塚治虫)で
「ヒットヒットひっと殺し」というギャグ(『早慶戦』)が
ラジオから流れて来るシーンがあったことと
↑『わろてんか』も思い出すけど(笑)
『東京五人男』(斎藤寅次郎)で
『黄金狂時代』(チャップリン)を思わせるシーンを演じていたことと
『お父さんはお人好し』等のNHKラジオドラマで
浪花千栄子さんとのコンビが大人気だったこと
…くらいしか知らないけど
『おちょやん』としては、つまり
これが彼と千代との出逢いだった!
っちゅーことですね。
…ひじゅにですが何か?
「また使うねさかい」by熊田
↑劇場は閉鎖になったけれど
必ず再開してみせるという決意が滲み出ているね、熊田さん。
福助が出征し
“岡安”が60年の歴史を終え
“えびす座”“鶴亀座”と大劇場は相次いで閉鎖され
空襲で防空壕に逃げ込むシーンも入り
フラグ通り百久利さんも出征
最後は家庭劇解散宣言…
戦争により全てが失われて行く。
庶民の生活が壊されて行く。
福助壮行会が最後の贅沢だったのね。
物質的にも心の面でも。
波に押し流される…という意味で
大震災も連想するし
コロナ渦にある現在とも重なる部分が多い。
歴史として見ると、時代の波って急激な印象だけど
その時に生きていた庶民達にとっては
日常に少しずつ忍び込んできて
訳も分からないまま、気付いたら流れに巻き込まれていた…
という感覚だったのかも?
今の私達が、逆らうこともできず先行きも分からず…
な状態にあるのと同じで。
“岡安”の最後は、千代も含め、お茶子達への挨拶で締められた。
一人一人の性格や特徴を把握していて、その長所を褒めるシズさん。
シズさんの人となりや、お茶子達との絆が伺える。
こういう厳しいけれども人情のある職場で働けたら素敵だろうな…
現代でもそうした場所は皆無ではないのだろうけど
ひじゅには不幸にも出逢えなかった。
こうしたものさえも急速に失われて行ったのだろう。
かめさんは残るらしいので、ちょっとホッとする。
『あさが来た』では、かめさんの中の人が演じる女中が
使えていた女将さんが亡くなり故郷に帰って行った。
今回は残れて良かったね、かめさん。
鶴亀家庭劇は小さな芝居小屋を転々としながら頑張っている。
「狭いわ、床抜けるわで…」
「年中、腹ペコやっちゅうのに」
「公演であちこち行かされるし、夜は空襲で何遍も起こされるし、もうしんどい」
台詞で様子は語られるけど、できれば映像で観たかったな。
まあ諸事情で仕方ないのかもしれないけど。
「空襲がなんぼのもんじゃ」
強がっていた千之助さんが、空襲警報に一番ビビッていたのが今日のギャグ?
「わしが笑い死にさしたるわい」
この千之助さんの宣言は、千之助さん自身のいない所で
千代&花車当郎さんによって実現される。
まあ、ちょびっとツッコミ(というよりイチャモン?)を入れるとさ
赤ちゃんが泣き出したところは
視聴者もどうしよう…と動揺するところ…のはずなんだけど>理想論?
それを引き起こす恐怖感ちゅーか緊張感ちゅーか
本当に切羽詰まった状況だという雰囲気がイマイチ出ていなかったなあ。
それに、2人の即興漫才は険悪な雰囲気は収めることに成功したけど
掛け合いの言葉と皆の笑い声は煩くなかったのか?
…という疑問も>野暮?
それとね
こういう時に咄嗟に乗れる千代のアドリブ力…
状況を即時に見極める洞察力や判断力や
笑いに昇華できるトーク力や演技力や
何より頭の回転の速さ…
その片鱗はちょこっとは描かれて来たけれど
あくまでも、ちょこっとの範囲だったので
もっと積み重ねてきていれば最強だったのになあ…と
ちょこっと残念。
百久利さん出征はフラグの回収。
分かり切ったことではあったけど、やはり悲しい。
千之助さんが顔も見ず、片手で追い払う様な仕草をしたところは
涙涙の見送りよりも万感迫っていたな。
何か、見せ場のほとんどを千之助さんがさらってきた様な記憶…
「家庭劇は…解散する」
宣言する一平。
熊田さんに呼び出されたのは、この話だったのだろう。
つまり、上からの命令。
多分、誰よりも逆らうのは千代なのだろう。
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

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アドルフに告ぐ

花菱アチャコ

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