いえにわ>『おちょやん』第45話 - 2021.02.05 Fri
千代が「家庭」を「いえにわ」と読んだのは
正式な教育を受けてこなかった…ってのもあるけど
(“岡安”の旦那さんに教わってはいたけどね)
千代もまた
「家族いうもんをよう知りません」
ってことを表してもいるのだろう。
そんな千代と一平が「家庭劇」を作って行く―
というのは興味深いことだな。
…ひじゅにですが何か?
「おもろないんよな」by千之助
千之助さんは帰って来てくれたけど
千之助さんと一平の「笑い」はまだ相容れない。
漆原さんに関しては、ちょいと予定調和ではあったけど解決。
でも、あの場ですぐに…ではなく、一拍置いたのは良かった。
一平が劇団の名前を発表する直前に
「ほんまは、ここにもう一人いてほしかったんやけどな…」
一平の心の声を聞かせた後で
帽子で顔を隠して、男物のスーツ姿でマイケル・ジャクソンみたいに片足を上げて
まさに「芝居がかった」調子で登場。
個人的には、ここをクライマックスにして
今日は漆原さんメインで描いてほしかった気もするけど
千之助さんの件もケリを付けなくちゃならないものね。
千之助さんは、人間的な「情」という意味ではとっくに陥落していたと思うよ。
千代が深草の少将みたいに自分の所に通っていた時点で。
徳利さんの件で千之助さんの所には行けなくなった時
ちょっと心が揺れていた感じだったものね。
↑この「行けなくなった」ところといい
やはり、深草の少将をモチーフにしている?
だから、一平の腫れ上がった顔に大笑いしたのは
それがギャグとして面白かったというより
その「情」が溢れ出たのじゃないかな…と思う。
天海天海さんを亡くした者同士、舞台で顔を合わせた時の
あの感情を取り戻したというか。
皆が、千之助さんはせいぜいニヤリとする程度で
笑っているところは見たことないと言っていたよね。
それが今日は、大爆笑していたもの。
泣き顔と区別つかないくらいに。
まあ。ここで
一平が変に滑稽な真似をして笑わせる…なんていう
陳腐な展開ではないところは良かった(笑)
↑某作なら、そうした?
イクラナンデモ…って気もするけど
バカバカし過ぎて笑ってしまう…
という風に持って行く可能性はあるかも?
千之助さんを笑わせるのは一平でなければならなかったけど
それは思い付きのギャグであってはならなかった。
だって、2人の笑いはまだ一致していないから。
だからこその、千代の今迄のドタバタがあるのだろうな。
今日は天晴さんや徳利さんも加わって
「情」という面は、より増しているけど
笑いの面ではダメダメ(笑)
一平は土下座することで「情」をさらに増し
顔の腫れ=意図的ではないものを見せることで心を解した。
で、その腫れは漆原さんによるものだから
それで、2つのエピを繋げている。
千之助さんが持って来た脚本がどんな内容なのかまだ分からないけど
多分、昔ながらの笑い、一平が目指すものとは逆方向のものなのだろう。
千代や、今日は天晴&徳利も披露した寒いドタバタ
それはもう寒過ぎて(笑)千之助さんにも全く認められないものだったけど
根底は似ているのかも?
それを表すためのものでもあったのかも?
千之助さんの笑いは、もっと高度で本当に笑えるものなのだろうけど
基本的に、あんなふうに滑稽な言動を前面に出した
いわば純粋で根源的な、カラッとした笑い…じゃないかと思う>違ったらスマソ
万太郎一座の笑いも、万太郎さんの動きなどからして
そういう類いのもの…じゃないかと思う。
でも、一平が目指しているのは、涙も含めた「物語」のあるもの。
時代性もあるけど、どっちが良い悪いというものではないから
この切り替えは、気持ちの面からしても、そう簡単にはいかないだろうね。
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

USBメモリ

家庭に嬉しい大盛りファミリーパック

松竹新喜劇 藤山寛美 十八番箱 壱 DVD-BOX [DVD]

正式な教育を受けてこなかった…ってのもあるけど
(“岡安”の旦那さんに教わってはいたけどね)
千代もまた
「家族いうもんをよう知りません」
ってことを表してもいるのだろう。
そんな千代と一平が「家庭劇」を作って行く―
というのは興味深いことだな。
…ひじゅにですが何か?
「おもろないんよな」by千之助
千之助さんは帰って来てくれたけど
千之助さんと一平の「笑い」はまだ相容れない。
漆原さんに関しては、ちょいと予定調和ではあったけど解決。
でも、あの場ですぐに…ではなく、一拍置いたのは良かった。
一平が劇団の名前を発表する直前に
「ほんまは、ここにもう一人いてほしかったんやけどな…」
一平の心の声を聞かせた後で
帽子で顔を隠して、男物のスーツ姿でマイケル・ジャクソンみたいに片足を上げて
まさに「芝居がかった」調子で登場。
個人的には、ここをクライマックスにして
今日は漆原さんメインで描いてほしかった気もするけど
千之助さんの件もケリを付けなくちゃならないものね。
千之助さんは、人間的な「情」という意味ではとっくに陥落していたと思うよ。
千代が深草の少将みたいに自分の所に通っていた時点で。
徳利さんの件で千之助さんの所には行けなくなった時
ちょっと心が揺れていた感じだったものね。
↑この「行けなくなった」ところといい
やはり、深草の少将をモチーフにしている?
だから、一平の腫れ上がった顔に大笑いしたのは
それがギャグとして面白かったというより
その「情」が溢れ出たのじゃないかな…と思う。
天海天海さんを亡くした者同士、舞台で顔を合わせた時の
あの感情を取り戻したというか。
皆が、千之助さんはせいぜいニヤリとする程度で
笑っているところは見たことないと言っていたよね。
それが今日は、大爆笑していたもの。
泣き顔と区別つかないくらいに。
まあ。ここで
一平が変に滑稽な真似をして笑わせる…なんていう
陳腐な展開ではないところは良かった(笑)
↑某作なら、そうした?
イクラナンデモ…って気もするけど
バカバカし過ぎて笑ってしまう…
という風に持って行く可能性はあるかも?
千之助さんを笑わせるのは一平でなければならなかったけど
それは思い付きのギャグであってはならなかった。
だって、2人の笑いはまだ一致していないから。
だからこその、千代の今迄のドタバタがあるのだろうな。
今日は天晴さんや徳利さんも加わって
「情」という面は、より増しているけど
笑いの面ではダメダメ(笑)
一平は土下座することで「情」をさらに増し
顔の腫れ=意図的ではないものを見せることで心を解した。
で、その腫れは漆原さんによるものだから
それで、2つのエピを繋げている。
千之助さんが持って来た脚本がどんな内容なのかまだ分からないけど
多分、昔ながらの笑い、一平が目指すものとは逆方向のものなのだろう。
千代や、今日は天晴&徳利も披露した寒いドタバタ
それはもう寒過ぎて(笑)千之助さんにも全く認められないものだったけど
根底は似ているのかも?
それを表すためのものでもあったのかも?
千之助さんの笑いは、もっと高度で本当に笑えるものなのだろうけど
基本的に、あんなふうに滑稽な言動を前面に出した
いわば純粋で根源的な、カラッとした笑い…じゃないかと思う>違ったらスマソ
万太郎一座の笑いも、万太郎さんの動きなどからして
そういう類いのもの…じゃないかと思う。
でも、一平が目指しているのは、涙も含めた「物語」のあるもの。
時代性もあるけど、どっちが良い悪いというものではないから
この切り替えは、気持ちの面からしても、そう簡単にはいかないだろうね。
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

USBメモリ

家庭に嬉しい大盛りファミリーパック

松竹新喜劇 藤山寛美 十八番箱 壱 DVD-BOX [DVD]

スポンサーサイト