人の心>『エール』第84話 - 2020.10.08 Thu
何か今日は
台詞で説明…に終始する
実に朝ドラらしい回だったな>ぉ
言葉で懇切丁寧に説明しないと
朝ドラ視聴者なんて何も理解できないんだものな!
…という意図か
エピソードだけで語れるほど巧みじゃない
…という自覚か?
…ひじゅにですが何か?
「馬具は人や馬の命を守るためにある」by裕一
↑初めて音と直に逢った時
戦いのための道具作りを生活の糧にしていることに引け目を感じている音に
言ったのと同じ言葉。
あの時は優しさを感じたのに
今日は思考の停止を感じる。
この描写は、なかなか上手いんじゃないかと思う。
映画『決戦の大空へ』も
主題歌『若鷲の歌』も大ヒット。
「裕一さんの音楽は人の心を奮い立たせる力がある」by保
さすが、“喫茶 竹”マスター!
裕一を持ち上げると共に週タイトル『歌の力』の説明にもなっている(笑)
本当は
「戦争のおかげですかね」
と、自虐するかの様な裕一を慰めるための言葉だったんだろうけど
「僕の曲で戦う人の力になるなら、それで良いんじゃないかなと思ってます」
と、答える裕一の図ぅから言うと、自虐ではなくて謙遜?
「素晴らしい曲を作っていただき、ありがとうございます!」by子供達
子供らしからぬ反応の様だけど(笑)
当時の子供達は現代よりも大人だったんだろうな。
それでも、まだ「子供」のカテゴリーに入る人達をも
戦争へと駆り立てる裕一の音楽。
「先生には人を幸せにする音楽を作ってほしいんです」by五郎
一時は作曲家を目指したことも
梅ちゃんのためとはいえ馬具職人となったことも
お母さんの影響で聖書を読み始めたことも>今はもう信者になったらしいし
全て、この台詞を言わせるだったのね。
裕一と同じ視点を持てるし
裕一と同じ立場に立てるし
でも、裕一とは違う見方をする土台も持ったし。
「僕の曲は人を幸せにしてないかな?」
つまり、そうしている、できている…という自信があるってことだよね。
少し前までは、依頼されるから書く…程度のスタンスだったのに
さすが大先生!
「その命に報いるためにも戦い続けるしかない」
予科練見学の経験は裕一の心に戦争への疑念を僅かなりとも抱かせるかも
…と信じてたけど、逆だったな。
まあ、この時代、これが主流の考え方だったのだろうから
それを主人公がきっちり信じているのは、ドラマとして良いと思うよ。
時代の波にすっかり乗せられている主人公…というのも朝ドラにしてはレア。
「命を無駄と言うな!」
これって、ズレてない?
五郎さんが言ったのは
無駄どころか貴重な命を簡単に死なせるのが無駄だってことじゃないの?
ここで激高してしまったところに
裕一の中にまだ、本当の気持ちが隠れているということを示唆?
「裕一さんは自分が召集されんことを申し訳ないと思っとる。
後ろめたい気持ちがどんどんどんどん戦意高揚の歌に傾かせとる」by音
五郎さんも召集されていない。
ままままさか、五郎さんもまた申し訳ない気持ちが信仰に向かったと言いたいわけ?
信仰も音楽も舐めてるドラマだからな(^^;)
どちらにしても、音自身は
国防婦人会を拒否したことも音楽挺身隊から拒否されたことも
単なる我儘みたいに描かれちゃっているから
裕一に関してクールな批評をしてみせても、イマイチ説得力がない(^^;)
そして、裕一の、ある意味“象徴”として使われるんだろうな
…と思われた弘哉君は
やはり、その通り、“まんま”の使われ方をする模様。
「『決戦の大空へ』を観て心を動かされました。
『若鷲の歌』を作った型がこんなに身近にいる。
これが私の目指す道だと気付いたんです」by弘哉
顔も見えない世間の人々でもなく
見知らぬ子供達でもなく
何年も親しくしてきた―
その成長を見守ってきた―
ハーモニカを教え、音楽の素晴らしさを教えた―
娘の友達であり初恋の人でもある―
目の前の若者が、モロに裕一に影響されて戦争へと向かっていく。
これって完璧な死亡フラグ?
弘哉君と
激戦地への慰問と
恐らく藤堂先生とが
今の裕一の心を変えることになるのか?
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

人の心>白えびかき餅

国のために死ぬのはすばらしい?

若鷲の歌etc.

台詞で説明…に終始する
実に朝ドラらしい回だったな>ぉ
言葉で懇切丁寧に説明しないと
朝ドラ視聴者なんて何も理解できないんだものな!
…という意図か
エピソードだけで語れるほど巧みじゃない
…という自覚か?
…ひじゅにですが何か?
「馬具は人や馬の命を守るためにある」by裕一
↑初めて音と直に逢った時
戦いのための道具作りを生活の糧にしていることに引け目を感じている音に
言ったのと同じ言葉。
あの時は優しさを感じたのに
今日は思考の停止を感じる。
この描写は、なかなか上手いんじゃないかと思う。
映画『決戦の大空へ』も
主題歌『若鷲の歌』も大ヒット。
「裕一さんの音楽は人の心を奮い立たせる力がある」by保
さすが、“喫茶 竹”マスター!
裕一を持ち上げると共に週タイトル『歌の力』の説明にもなっている(笑)
本当は
「戦争のおかげですかね」
と、自虐するかの様な裕一を慰めるための言葉だったんだろうけど
「僕の曲で戦う人の力になるなら、それで良いんじゃないかなと思ってます」
と、答える裕一の図ぅから言うと、自虐ではなくて謙遜?
「素晴らしい曲を作っていただき、ありがとうございます!」by子供達
子供らしからぬ反応の様だけど(笑)
当時の子供達は現代よりも大人だったんだろうな。
それでも、まだ「子供」のカテゴリーに入る人達をも
戦争へと駆り立てる裕一の音楽。
「先生には人を幸せにする音楽を作ってほしいんです」by五郎
一時は作曲家を目指したことも
梅ちゃんのためとはいえ馬具職人となったことも
お母さんの影響で聖書を読み始めたことも>今はもう信者になったらしいし
全て、この台詞を言わせるだったのね。
裕一と同じ視点を持てるし
裕一と同じ立場に立てるし
でも、裕一とは違う見方をする土台も持ったし。
「僕の曲は人を幸せにしてないかな?」
つまり、そうしている、できている…という自信があるってことだよね。
少し前までは、依頼されるから書く…程度のスタンスだったのに
さすが大先生!
「その命に報いるためにも戦い続けるしかない」
予科練見学の経験は裕一の心に戦争への疑念を僅かなりとも抱かせるかも
…と信じてたけど、逆だったな。
まあ、この時代、これが主流の考え方だったのだろうから
それを主人公がきっちり信じているのは、ドラマとして良いと思うよ。
時代の波にすっかり乗せられている主人公…というのも朝ドラにしてはレア。
「命を無駄と言うな!」
これって、ズレてない?
五郎さんが言ったのは
無駄どころか貴重な命を簡単に死なせるのが無駄だってことじゃないの?
ここで激高してしまったところに
裕一の中にまだ、本当の気持ちが隠れているということを示唆?
「裕一さんは自分が召集されんことを申し訳ないと思っとる。
後ろめたい気持ちがどんどんどんどん戦意高揚の歌に傾かせとる」by音
五郎さんも召集されていない。
ままままさか、五郎さんもまた申し訳ない気持ちが信仰に向かったと言いたいわけ?
信仰も音楽も舐めてるドラマだからな(^^;)
どちらにしても、音自身は
国防婦人会を拒否したことも音楽挺身隊から拒否されたことも
単なる我儘みたいに描かれちゃっているから
裕一に関してクールな批評をしてみせても、イマイチ説得力がない(^^;)
そして、裕一の、ある意味“象徴”として使われるんだろうな
…と思われた弘哉君は
やはり、その通り、“まんま”の使われ方をする模様。
「『決戦の大空へ』を観て心を動かされました。
『若鷲の歌』を作った型がこんなに身近にいる。
これが私の目指す道だと気付いたんです」by弘哉
顔も見えない世間の人々でもなく
見知らぬ子供達でもなく
何年も親しくしてきた―
その成長を見守ってきた―
ハーモニカを教え、音楽の素晴らしさを教えた―
娘の友達であり初恋の人でもある―
目の前の若者が、モロに裕一に影響されて戦争へと向かっていく。
これって完璧な死亡フラグ?
弘哉君と
激戦地への慰問と
恐らく藤堂先生とが
今の裕一の心を変えることになるのか?
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

人の心>白えびかき餅

国のために死ぬのはすばらしい?

若鷲の歌etc.

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