田植え>『ひよっこ』第113話 - 2017.08.11 Fri
さすが宗男叔父さん!
みね子と実お父ちゃんの泥んこ合戦に参戦
しまも華麗に(?)前転して背中から着地
あのアザトさに泣ける>ぇ
…ひじゅにですが何か?
「都会暮らしで細っこくなったんでねえのか?」by宗男
昨日、有村架純の体重増減の努力を
「変わってない」
と、冷たく突き放した視聴者を>ひじゅにのことだけどね
諭すかの様なこの台詞(笑)
やっぱ、叔父さんは良いキャラだなあ
ビートルズ騒動の時に少しばかり冷めたけど>スマソ
今日は、お父ちゃんへの態度といい、とても素敵だった。
以前、お父ちゃんに再会したら殴ると言っていたのに
今日は凄く丁寧いに挨拶するし>良い対応だな
田植えの手順も細かく説明するし>何かカワイイ
やっぱ、好感度第1位だな。
このドラマぼ良心というか、作者の代理者なんだと思うよ。
大雨の中の田植え。
稲刈りの時は快晴。
それとの対比にしているのか?
同じ晴天の下で撮影したかったけど
生憎の雨天になってしまったのか?
…真相は知らないけど
お父ちゃんが「雨男さん」から「矢田部実」に戻った!
ってことを如実に照明する効果的なシーンだったと思う。
記憶が完全に戻った、という意味じゃなくてね。
だって、田植えが進むにつれて雨脚は弱まり
終了した時には止んでたものね。
用意されたものを食べて、着て、持って
全く知らない場所に知らないことをしに
皆に会わせてやって来た、お父ちゃん
溶け込もうと一生懸命な様子
そのために気を遣っている様子が伺えた。
宗男叔父さんと顔を合わせた時も
覚えてないけど名前は聞いてるよ…って感じの反応だった。
つまり
後から聞いた知識として知っているだけで
記憶はない→実感はない
って感じ。
それが、いざ田植えが始まると
実にスムースにリズムカルに作業をする、お父ちゃんであった。
「身体が覚えてんだっぺ」
視聴者が予想したまんまに答える、お祖父ちゃんである(笑)
お父ちゃんがお父ちゃんであると証明された瞬間…と言って良いかも?
突き詰めれば、脳の記憶などどーでもいい
その人がその人であるならば良い!
ってことかも。
だから、「雨男さん」を示す雨は止み
お天道様の下には「矢田部実」が残った。
ところで
今日も回想シーンが多かったね。
ボンヤリひじゅにが、ちょっとボンヤリしている間に
進がリヤカーの上で眠っている姿が映り
「日本の原風景だっぺ」という宗男叔父さんの言葉が響いて
あ、稲刈りの時とモロに重ねてる!と思ったr
稲刈りの時の回想シーンそのものだった(笑)
おかげで
「お疲れ様でございました」
という、それこそモロに重ねて描いた部分が
ひじゅに的にはイマイチ効果的ではなくて、とても残念。
↑ひじゅに自身のせいなんだけどね(笑)
そーいう意味で、回想長過ぎ!とも思ったんだけど
お父ちゃんの事を考えると、あれで良かったんだと思い直した。
視聴者的には、お父ちゃんの描写って少なかったじゃん?
それこそ、稲刈りシーンがメイン。
そこにいた全員の心に過ったであろう、お父ちゃんの昔の姿、共に過ごした日々。
今日はそれを視聴者も共有する必要があった。
皆がお父ちゃんを知っている。
お父ちゃんの思い出を持っている。
でも、お父ちゃん自身には何もない。
その事実と
田植えに象徴される身体の記憶(もしくは潜在意識?)
の対比がまずは強調されたってことじゃないのかな>自信はない(笑)
「みんな笑っちまえば良いんだよ」
という、きよさんの言葉は
あの『きょっこりひょうたんじま』の主題歌と呼応。
「お疲れ様でございました」
この言葉に込められた
大人の入り口にあった稲刈り時のみね子と
大人になった今のみね子の
思いの同じ部分と違ってしまった部分。
対比を拾い上げて観るならば、なかなか感動的。
「綺麗だなあ」
田んぼを眺めて呟くお父ちゃん。
雨は上がっても快晴ってほどではない様に見えたけど
でも、雲のない空が田んぼの水に映っていた。
その上に皆で植えた苗が並んでいる。
「頑張っていれば、きっと大丈夫」
色んなことが、ここに集約されているなあ。
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

みんなで田植え

田植え期の保存食

田植えが済んで

みね子と実お父ちゃんの泥んこ合戦に参戦
しまも華麗に(?)前転して背中から着地
あのアザトさに泣ける>ぇ
…ひじゅにですが何か?
「都会暮らしで細っこくなったんでねえのか?」by宗男
昨日、有村架純の体重増減の努力を
「変わってない」
と、冷たく突き放した視聴者を>ひじゅにのことだけどね
諭すかの様なこの台詞(笑)
やっぱ、叔父さんは良いキャラだなあ
ビートルズ騒動の時に少しばかり冷めたけど>スマソ
今日は、お父ちゃんへの態度といい、とても素敵だった。
以前、お父ちゃんに再会したら殴ると言っていたのに
今日は凄く丁寧いに挨拶するし>良い対応だな
田植えの手順も細かく説明するし>何かカワイイ
やっぱ、好感度第1位だな。
このドラマぼ良心というか、作者の代理者なんだと思うよ。
大雨の中の田植え。
稲刈りの時は快晴。
それとの対比にしているのか?
同じ晴天の下で撮影したかったけど
生憎の雨天になってしまったのか?
…真相は知らないけど
お父ちゃんが「雨男さん」から「矢田部実」に戻った!
ってことを如実に照明する効果的なシーンだったと思う。
記憶が完全に戻った、という意味じゃなくてね。
だって、田植えが進むにつれて雨脚は弱まり
終了した時には止んでたものね。
用意されたものを食べて、着て、持って
全く知らない場所に知らないことをしに
皆に会わせてやって来た、お父ちゃん
溶け込もうと一生懸命な様子
そのために気を遣っている様子が伺えた。
宗男叔父さんと顔を合わせた時も
覚えてないけど名前は聞いてるよ…って感じの反応だった。
つまり
後から聞いた知識として知っているだけで
記憶はない→実感はない
って感じ。
それが、いざ田植えが始まると
実にスムースにリズムカルに作業をする、お父ちゃんであった。
「身体が覚えてんだっぺ」
視聴者が予想したまんまに答える、お祖父ちゃんである(笑)
お父ちゃんがお父ちゃんであると証明された瞬間…と言って良いかも?
突き詰めれば、脳の記憶などどーでもいい
その人がその人であるならば良い!
ってことかも。
だから、「雨男さん」を示す雨は止み
お天道様の下には「矢田部実」が残った。
ところで
今日も回想シーンが多かったね。
ボンヤリひじゅにが、ちょっとボンヤリしている間に
進がリヤカーの上で眠っている姿が映り
「日本の原風景だっぺ」という宗男叔父さんの言葉が響いて
あ、稲刈りの時とモロに重ねてる!と思ったr
稲刈りの時の回想シーンそのものだった(笑)
おかげで
「お疲れ様でございました」
という、それこそモロに重ねて描いた部分が
ひじゅに的にはイマイチ効果的ではなくて、とても残念。
↑ひじゅに自身のせいなんだけどね(笑)
そーいう意味で、回想長過ぎ!とも思ったんだけど
お父ちゃんの事を考えると、あれで良かったんだと思い直した。
視聴者的には、お父ちゃんの描写って少なかったじゃん?
それこそ、稲刈りシーンがメイン。
そこにいた全員の心に過ったであろう、お父ちゃんの昔の姿、共に過ごした日々。
今日はそれを視聴者も共有する必要があった。
皆がお父ちゃんを知っている。
お父ちゃんの思い出を持っている。
でも、お父ちゃん自身には何もない。
その事実と
田植えに象徴される身体の記憶(もしくは潜在意識?)
の対比がまずは強調されたってことじゃないのかな>自信はない(笑)
「みんな笑っちまえば良いんだよ」
という、きよさんの言葉は
あの『きょっこりひょうたんじま』の主題歌と呼応。
「お疲れ様でございました」
この言葉に込められた
大人の入り口にあった稲刈り時のみね子と
大人になった今のみね子の
思いの同じ部分と違ってしまった部分。
対比を拾い上げて観るならば、なかなか感動的。
「綺麗だなあ」
田んぼを眺めて呟くお父ちゃん。
雨は上がっても快晴ってほどではない様に見えたけど
でも、雲のない空が田んぼの水に映っていた。
その上に皆で植えた苗が並んでいる。
「頑張っていれば、きっと大丈夫」
色んなことが、ここに集約されているなあ。
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