親バカと中二病と戦後>『ひよっこ』第72話 - 2017.06.24 Sat
今日は
省吾さんというより佐々木蔵之介
鈴子さんというよる宮本信子
そして、一郎さんというより三宅裕司の
大芝居!
を、堪能する回だったね
…ひじゅにですが何か?
「みね子もこの街で生きていきます」byみね子
みね子が「東京人」になっていく―
という物語なのかな?
…と、以前書いたけど
その宣言キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
なのか?
今迄、約一ヶ月ごとに舞台も主要人物も変わってきたけれど
今から一か月後もまた変わってしまうのか?
それとも今回で落ち着いて、前の2か月は大いなる序章だったのか?
…という様な意味のことも書いたけど
後者です!
という答なのか?
ちょっとばかし取って付けた感がしなくもなかった>こらこら
今日のラスト。
“月時計”で、みね子に事情を吐露する省吾さん―
未成年者を夜のバーに誘うのか?
と今だったら色々マズイ状況だけど
この時代はそういう点は鷹揚というか、あまり気にしなかったのかもな。
寧ろ、早く大人になれ!という風潮だったのかな?
でも、一応はサイダーで大人しく話を聞く、みね子。
あんまり遅くなると銭湯に行く時間もなくなるんですけど?
休み時間を潰された挙句、就業後まで拘束されなきゃいけないんですか?
…と、ひじゅにだったら怒るところ(笑)
いやいや、それよりも
巻き込んだからには裏事情も話してくれないとね!
…と、ワイドショー的興味満々で積極的に付いて行くかも>ぉ
庭で、一郎さんに話す鈴子さん―
今日もまた、会話劇。
省吾さんと鈴子さんと二元中継にしたのは工夫されてて良かった。
戦後から始まる省吾さんの話と
戦争はまだ終わっていないと主張する鈴子さんの話。
これまでにも少しずつ、戦争の影は差し挟まれてきた。
今日はそれが直接的に語られる。
当時はまだ、記憶も生々しいまま
心に負った傷も乾かないままの人が多かったのだろうな。
国全体は「無かったこと」にしようとしていても。
明らかに「戦後」生まれの由香さんのことを語るのに、戦争から始めるのは
少~しばかり無理クリな感じがしなくもな…(略
でもまあ、これは、鈴子さんや省吾さんの側からの話で
店を再興したことも、節子さんに苦労かけてしまったことも
戦争によるマイナスの状況からだったってことは不可欠。
まさに特別な状況だったわけだし
そこから何とか昔の状態に戻したいと普通以上の努力を払っただろうし
それで表面上は豊かになってきたけれど決して元通りにはなっていない
失ってしまったものは戻ってこない…
そうした事実と、そうした思い
それら抜きには鈴子さんや省吾さんの今の悲しさや寂しさは語れない。
それに対し、由香さんの反抗理由はイマイチ弱い気がしたけど…
いや、勿論、幼くして母親を亡くしたわけだから
十分過ぎるほど重い事情ではあるけれども
共に働き共に苦労していた父親と祖母を一方的に責めて
大人になってからも反抗し続けるかなあ…
なんて思ってしまうのは、ひじゅにが暢気過ぎるせいですねそうですね。
みね子を見た時
「働き者って感じだ」「そういう人が好きなんだね」
という様なことを言っていたよね。
「働き者」だった母親@節子さんだから使い倒されたんだ…
今も尚、「働き者」を利用しようとしているんだ…
という風に思ったのかな?
あるいは、父親や祖母がどうというよりも
「働き者」であることを批判的に見ているのかな?
そんな犠牲的な生き方は無駄でしかないと?
それともそれとも
「働き者」も、そんな人達を受け入れる父親&祖母も
ツマラナイ人生だよね、と見下す気持ちと
その気も緒の向こうに、愛すべき人達だと
本音もチラリ顔を出しているのかな?
少なくとも、ヤスハルさんの見方では
由香さんは家族に甘えているんだね。
迷惑をかけることで愛情を試すのって
中二病じゃん!
って思っちゃうけど>ぉ
でも、鈴子&省吾さんの側にも
親ならでは祖母ならではの愛情が覗く。
一郎さんが、実子ではないヤスハルさんを
愛し自慢に思っている様子を一つの象徴として。
罪悪感から何も言えない状態から
愛情の方が勝ってガツンとぶつかることが出来る様になったら
サラリと解決するんじゃね?
鈴子さんが話し終わり、一郎さんが歌い出したあたりで
“あかね荘”の皆が映った。
話の途中で彼らに画面が切り替わっていたら
幾ら外の音が丸聞こえのアパートでも
ワザと立ち聞きしている様な、良くない印象を残しただろうけど
歌になった後だったので
近所の人達は皆、互いの事情を知っているし
分かり合っている―
という感じが出ていて、ちょっと温かい。
省吾さんが話している時
みね子と2人だけの様に見えた。
ママは背後に映っていたけど
他の客は都合良く帰っちゃったのかなと思っていたら
話し終わったあたりで皆揃っている様子が示された。
さらに、その後に秀さん&元治さんもやって来て
彼らは既に聞いた話なんだろうなと思えるので
皆が心通じ合っているということと
自分が何かの荷を背負っているから
相手の荷を思いやることができるし
だから優しくなれる―
という解説の様で、ちょっとほっこり。
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆

働き者のミッキーさん

ドビソース

戦後の復興を象徴する製品

省吾さんというより佐々木蔵之介
鈴子さんというよる宮本信子
そして、一郎さんというより三宅裕司の
大芝居!
を、堪能する回だったね
…ひじゅにですが何か?
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みね子が「東京人」になっていく―
という物語なのかな?
…と、以前書いたけど
その宣言キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
なのか?
今迄、約一ヶ月ごとに舞台も主要人物も変わってきたけれど
今から一か月後もまた変わってしまうのか?
それとも今回で落ち着いて、前の2か月は大いなる序章だったのか?
…という様な意味のことも書いたけど
後者です!
という答なのか?
ちょっとばかし取って付けた感がしなくもなかった>こらこら
今日のラスト。
“月時計”で、みね子に事情を吐露する省吾さん―
未成年者を夜のバーに誘うのか?
と今だったら色々マズイ状況だけど
この時代はそういう点は鷹揚というか、あまり気にしなかったのかもな。
寧ろ、早く大人になれ!という風潮だったのかな?
でも、一応はサイダーで大人しく話を聞く、みね子。
あんまり遅くなると銭湯に行く時間もなくなるんですけど?
休み時間を潰された挙句、就業後まで拘束されなきゃいけないんですか?
…と、ひじゅにだったら怒るところ(笑)
いやいや、それよりも
巻き込んだからには裏事情も話してくれないとね!
…と、ワイドショー的興味満々で積極的に付いて行くかも>ぉ
庭で、一郎さんに話す鈴子さん―
今日もまた、会話劇。
省吾さんと鈴子さんと二元中継にしたのは工夫されてて良かった。
戦後から始まる省吾さんの話と
戦争はまだ終わっていないと主張する鈴子さんの話。
これまでにも少しずつ、戦争の影は差し挟まれてきた。
今日はそれが直接的に語られる。
当時はまだ、記憶も生々しいまま
心に負った傷も乾かないままの人が多かったのだろうな。
国全体は「無かったこと」にしようとしていても。
明らかに「戦後」生まれの由香さんのことを語るのに、戦争から始めるのは
少~しばかり無理クリな感じがしなくもな…(略
でもまあ、これは、鈴子さんや省吾さんの側からの話で
店を再興したことも、節子さんに苦労かけてしまったことも
戦争によるマイナスの状況からだったってことは不可欠。
まさに特別な状況だったわけだし
そこから何とか昔の状態に戻したいと普通以上の努力を払っただろうし
それで表面上は豊かになってきたけれど決して元通りにはなっていない
失ってしまったものは戻ってこない…
そうした事実と、そうした思い
それら抜きには鈴子さんや省吾さんの今の悲しさや寂しさは語れない。
それに対し、由香さんの反抗理由はイマイチ弱い気がしたけど…
いや、勿論、幼くして母親を亡くしたわけだから
十分過ぎるほど重い事情ではあるけれども
共に働き共に苦労していた父親と祖母を一方的に責めて
大人になってからも反抗し続けるかなあ…
なんて思ってしまうのは、ひじゅにが暢気過ぎるせいですねそうですね。
みね子を見た時
「働き者って感じだ」「そういう人が好きなんだね」
という様なことを言っていたよね。
「働き者」だった母親@節子さんだから使い倒されたんだ…
今も尚、「働き者」を利用しようとしているんだ…
という風に思ったのかな?
あるいは、父親や祖母がどうというよりも
「働き者」であることを批判的に見ているのかな?
そんな犠牲的な生き方は無駄でしかないと?
それともそれとも
「働き者」も、そんな人達を受け入れる父親&祖母も
ツマラナイ人生だよね、と見下す気持ちと
その気も緒の向こうに、愛すべき人達だと
本音もチラリ顔を出しているのかな?
少なくとも、ヤスハルさんの見方では
由香さんは家族に甘えているんだね。
迷惑をかけることで愛情を試すのって
中二病じゃん!
って思っちゃうけど>ぉ
でも、鈴子&省吾さんの側にも
親ならでは祖母ならではの愛情が覗く。
一郎さんが、実子ではないヤスハルさんを
愛し自慢に思っている様子を一つの象徴として。
罪悪感から何も言えない状態から
愛情の方が勝ってガツンとぶつかることが出来る様になったら
サラリと解決するんじゃね?
鈴子さんが話し終わり、一郎さんが歌い出したあたりで
“あかね荘”の皆が映った。
話の途中で彼らに画面が切り替わっていたら
幾ら外の音が丸聞こえのアパートでも
ワザと立ち聞きしている様な、良くない印象を残しただろうけど
歌になった後だったので
近所の人達は皆、互いの事情を知っているし
分かり合っている―
という感じが出ていて、ちょっと温かい。
省吾さんが話している時
みね子と2人だけの様に見えた。
ママは背後に映っていたけど
他の客は都合良く帰っちゃったのかなと思っていたら
話し終わったあたりで皆揃っている様子が示された。
さらに、その後に秀さん&元治さんもやって来て
彼らは既に聞いた話なんだろうなと思えるので
皆が心通じ合っているということと
自分が何かの荷を背負っているから
相手の荷を思いやることができるし
だから優しくなれる―
という解説の様で、ちょっとほっこり。
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